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淡路島たまねぎについて

糖度はトマトの約2倍!世界最強のたまねぎ!

真心をあなたに・・・淡路島(御食国)からの贈り物(たまねぎ)

平安時代に「御食国」として神や天皇に食べ物を献上していた淡路島!

瀬戸内海特有の温暖な気候に恵まれ、玉葱作りに優れた土壌で丹念に育てられた淡路島特産たまねぎは、名実ともに世界一の逸品です。

甘く、やわらかく、辛味が少ない。それが淡路島たまねぎの特徴です。

糖度はトマトの約2倍

甘さ

淡路島たまねぎの特徴として一番にあげられるのが「甘い」ということ。

淡路島たまねぎの糖度は、一般的なたまねぎに比べて4%程度高い約9%~10%(JA全農兵庫調べ)という結果が出ています。
この数値は、一般的なトマトの糖度に比べ約2倍という驚くべき甘さです。

やわらかさ

JA全農兵庫の調査で応力(わずかな面積にかかる単位面積あたりの力)を測定したところ、一般的なたまねぎと淡路島たまねぎでは最大で約2倍の差が確認されました。これは、「やわらかさ」が圧倒的に高い事を示しています。

辛味が少ない

生の玉ねぎを食べた時に感じるあのたまねぎ独特の辛さの元となるのがピルビン酸です。淡路島たまねぎのビルビン酸含有量を測定したところ、最大でも他産地の一般的なたまねぎの6割程度と確認されています。(JA全農兵庫調べ)
つまり、辛味が少なく、サラダなどでも食べやすいのが淡路島たまねぎなのです。

 

 

じっくり、じっくり育てます。

じっくり、じっくり育てます。

淡路島たまねぎは9月に苗床に種をまいて秋に芽吹き、11~12 月に稲作の終わった田んぼに植え替えられます。

通常、4ヶ月程度で収穫されることの多い玉ねぎですが、淡路島では6~7ヶ月をかけてじっくり育てられ、5~6月に収穫、出荷されます。
寒い冬をじっと耐え、寒暖を繰り返す中で少しづつ少しづつふくらみ、たっぷりと旨味と栄養をその身につけていくのです。

 

淡路島のたまねぎ小屋

更に収穫後、淡路島たまねぎは「玉ねぎ小屋」と呼ばれる小屋に吊り下げられ、自然の風を利用してゆっくりと乾燥させていきます。

自然乾燥させることで熟成が進み、糖度も高くなり、色艶も際立ってきます。
そうして田んぼでも玉ねぎ小屋でもじっくりと時間をかけて育っ淡路島たまねぎは、7月中旬~8月にかけて冷蔵貯蔵を行い11月~3月まで出荷されています。

神の時代より淡路は御食国

万葉集六集九三三 山部宿祢赤人(やまべのすくねあかひと)

天地(あまつち)の 遠きが如く

日月(ひつき)の 長きが如く

押し照る 難波の宮に

我(わ)ご大君 国知らすらし

御食(みけ)つ国 日々の御調(みつき)と

淡路の 野島の海人(あま)の

わたの底 沖つ海石(いくり)に

鰒玉(あはびたま) 多さに潜(かづ)き出

船並(な)めて 仕へ奉(まつ)るし 尊(たふと)き見れば

天地が永遠であるように

日月が長久であるように

おしてる難波の宮に

わが大君は永遠の政治をなさるらしい

御食つ国の貢納の御料として

淡路の野島の海人が

海の底 沖の暗礁で

鮑貝ををたくさんに潜り取り

舟を並べて奉仕の仕事をしている その姿が尊いのを見れば

淡路島の神話と伝説

日本の神話は、各地に特色を持って伝えられています。「国生み」「天の岩戸」「ヤマタノオロチ」「大国主命」「天孫降臨」「海幸彦と山幸彦」「神武天皇の誕生」などです。

 淡路島の歴史を通じていつの時代にも淡路島が日本発祥の土地だという考えが常にあります。これは古事記や日本書紀というようなわが国最初の歴史書の中に書かれているからであることは否めません。こんな淡路島の話が教科書に載っていた時代もあったくらいです。

 『古事記によると次のような物語がある。天の神様方の命令で、イザナギの命(みこと)・イザナミの命のお二人に「この漂っている国を整えて、しっかりと造り固めよ」と言われて、りっぱな天の沼矛(ぬぼこ)をお授けになった。そこでこの二人の神様は天からの階段である天の浮き橋に立たれ、その矛で海水をごろごろとかきまわして引き上げられた時に、矛の先からしたたる海水が積もって島となった。これがオノゴロ島である。この島にお二人がお降りになって、大きな柱を立て、大きな御殿をお建てになった。そこでお二人は結婚して水蛭子(ひるこ)をお生みになった。この子は葦の舟にのせて流してしまった。次に淡島(あわしま)をお生みになったが、これも御子の数に入らない。そこで改めて、子を次々とお生みになった。最初が淡路島、詳しくいうと淡路のホノサワケの島、次が四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州という順に八つの島を次々とお生みになったので、大八洲島(おおやしま)というわけである。それからさらに他の島々をも生んだ。このように淡路島が最初に生まれた島で、かつては皇国発祥の土地といわれていた。』

淡路島の特色

淡路島の海人(あま)は、イザナギの神を島の神として信仰し、海人の統領の「阿曇氏(あずみ)」の元でよく働きました。海水から塩を作り、美しい自然の中で得られる海・山の幸、清水等を「御食国(みけつくに)」として朝廷に納めました。明石、鳴門海峡に橋がかかり、淡路島は周辺の都市からもたらされる様々な影響でさらに発展していく中に、淡路島らしさを残していきたいと思っています。緑と水の美しい島で生活し、イザナギの神を信仰し、御食国(みけつくに)として豊かな産物を誇り、国生み神話を伝承するなど、古代海人の心が淡路島の特色であります。

御食国・みけつくに

 古語辞典によると、「食(け)」は、食物という意味の名詞。「御(み)」は接頭語で、「御食(みけ)」は「食」の敬語となります。「御饌」と書くこともできます。「つ」は連体の助詞ですが、「調く(つく」と解釈することもできます。よって全体の意味は「天皇の食料、神に供える御饌を奉(たてまつ)る国」となります。

 万葉集では淡路島、伊勢志摩など、海産物を産する国について用いられています。

      『御食つ国 志摩の海人ならし 
              ま熊野の 小舟に乗りて
                        沖へ漕ぐ見ゆ』

 最上段で紹介した山部宿祢赤人が詠んだ長歌の中で「わご大君」とありますが、これは「文武天皇の嫡子である聖武天皇」のことです。「淡路の野島の」とあります土地は現在の「兵庫県津名郡北淡路町野島」のことです。

 当時、淡路国では宍(しし)一千斤、雑魚一千三百斤および塩を出すことになっていたようです。また、一旬の料として雑魚二担半、正月三節の料として、雑鮮味物五担を天皇ならびに中宮に差し出すよう規定されていたようです。

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